春野あじさい街道(高知県高知市)

春野あじさい土佐藩家老であった野中兼山が農業用水路として整備した水路と、その周辺に植えられたアジサイ、付近の水田地帯から構成される春野(はるの)地区の街道景観。昭和50年頃、住民有志が10数本のアジサイを植えたことが契機となり、次第にその本数が増え「あじさい街道」と称されるようになった。四国八十八箇所三十四番札所種間寺を訪れるお遍路さんへのもてなしと、水路を整備した野中兼山に対する感謝の念から、地域住民が主体となり創出してきた景観であり、その社会性が高く評価される。