奥入瀬(青森県十和田市)

奥入瀬奥入瀬(おいらせ)は戦前の1936年2月1日に指定された十和田八幡平国立公園の中にあります。農林省が進める十和田湖の水を利用しての三本木(現十和田市)の農業開発と内務省推進の十和田八甲田の山岳景観美を国立公園化する政策との板挟みとなって、国立公園となるまで3年近くの月日を要しました。こうして、十和田湖の水はその多くが農業用水としてトンネルを含む運河で下流の三本木に運ばれており、奥入瀬渓流は残った十和田湖水を観光放流として流している川なのです。 [続き・地図]

朝倉彫塑館屋上庭園(東京都台東区)

朝倉彫塑館屋上朝倉彫塑館は、彫塑家朝倉文夫(1883~1964) が住居兼アトリエとして自ら設計・監督をし、8回におよぶ増改築の後、昭和3年から7年の歳月をかけて昭和10年に現在の形となった。本館は、西洋建築(鉄筋コンクリート造)のアトリエ棟と、竹をモチーフとした日本建築(数奇屋造り)の住居棟で構成され、本館のアトリエ棟屋上菜園は、朝倉が彫塑塾を開校していたとき、園芸の授業のため使用していたものである。屋上に植栽された果樹や菜園が現存し(現在は花壇)、初期の屋上緑化技術が残るものとして貴重である。 [地図]

旧赤穂城庭園(兵庫県赤穂市)

旧赤穂城本丸庭園赤穂(あこう)城は浅野長直の命により近藤三郎左衛門正純が1661年に完成させた城であり、本丸大小の池泉、二の丸には大規模な錦帯池をもつ池泉回遊式の庭園が存在した。現在は発掘調査、復元整備がなされ、往時の大名庭園の姿を今に伝えている。後世に改変されることの多い大名庭園の中で、本丸二の丸とが一体となった庭園の姿や当時の庭園利用を知る上で、極めて貴重な庭園であり、学術性芸術性の高さが評価される。また、舟遊びや茶房など当時の利用形態を体験できるなど、遺跡の活用の観点からも高く評価できる。 [地図]

御畳瀬の渡し船(高知県高知市)

御畳瀬浦戸湾の河口を結ぶ、県運営の小型輸送船。以前は乗用車を搭載していたが、現在は(平成14年~)人と自転車、自動二輪のみを運んでいる。船着き場である御畳瀬(みませ)は、現在も古くから漁業で栄えた地区であり、漁村の風情を留めている。かつて船舶の往来が盛んであった浦戸湾の名残を残す景観である。地域住民のみならず、浦戸湾を渡る遍路の交通手段にもなっており、地域に根差した歴史性と社会性が評価される。 [地図]

春野あじさい街道(高知県高知市)

春野あじさい土佐藩家老であった野中兼山が農業用水路として整備した水路と、その周辺に植えられたアジサイ、付近の水田地帯から構成される春野(はるの)地区の街道景観。昭和50年頃、住民有志が10数本のアジサイを植えたことが契機となり、次第にその本数が増え「あじさい街道」と称されるようになった。四国八十八箇所三十四番札所種間寺を訪れるお遍路さんへのもてなしと、水路を整備した野中兼山に対する感謝の念から、地域住民が主体となり創出してきた景観であり、その社会性が高く評価される。 [地図]