東北

大内宿(福島県南会津郡下郷町)

大内宿大内宿(おおうちじゅく)は会津城下と下野国(日光今市)を結ぶ約30里の街道「南山通り」の宿駅として1640年ごろに整備された宿場町です。全長約450mの旧街道の両側に、主として藩政時代から明治末期までに建てられた寄棟造の民家が町並みを形成しています。宿場の北端には、子安観音、弁財天、神明神杜がまつられ、さらに正法寺、高倉神社等が町並みと一体となって保存され、屋敷の地割りも昔からの状態をよく残しています。 [続き・地図]

会津松平氏庭園(御薬園)(福島県会津若松市)

御薬園会津若松市の鶴ヶ城の近くに位置し、歴代の藩主がこよなく愛した徳川時代の代表的な大名型山水庭園です。歴史はおよそ600年前にさかのぼり、現在の形になったのは、元禄9年(1696)で、高名な作庭家小堀遠州の流れをくむ目黒淨定の手により本格的な庭園に築造されました。また、優れた大名庭園というだけでなく、御薬園(おやくえん)という呼び名で親しまれていることが大きな特徴です。寛文10年(1670)、会津藩2代藩主保科正経が領民を疫病から救うために園内に薬草園を作り、 [続き・地図]

南湖公園(福島県白河市)

南湖公園享和元年(1801)、12代白河藩主・松平定信(楽翁公)が水利開発と貧困者救済を兼ね、「大沼」と呼ばれていた湿地帯に堤を築いて作った南湖(なんこ)を中心とする回遊式自然庭園です。湖畔には松や吉野桜、嵐山の楓などが移植され、士農工商の身分制度が厳しい封建時代にあって「四民共楽(武士も庶民も共に楽しむ)の地」として庶民に開放されたことから、日本最古の公園ともいわれています。また、定信公は、特に景観が優れている景勝地「南湖十七景」を定め、それぞれに和歌・漢詩を添えています。 [続き・地図]

海岸公園冒険広場(仙台市若林区)

仙台市冒険広場市制施行80周年記念として昭和46年度(1971年度)から整備が始められた海岸公園の4つの施設地区の1つです。仙台市中心部から東方約10㎞、七北田川から名取川まで9㎞の海岸線沿いに位置しています。東日本大震災の際に、大津波により大きな被害を受けましたが、5人の市民が築山状(15.5m)の冒険広場に設けられた高台(展望台)に避難して助かりました。施設としては比較的新しいのですが、東日本大震災の際、津波から避難した市民が施設地区内の高台で助かり、 [続き・地図]

定禅寺通(仙台市青葉区)

定禅寺通定禅寺通(じょうぜんじどおり)は昭和21年(1946)に戦災復興区画整理事業により整備された道路です。大径のケヤキ並木を形成し、広い中央帯は緑地として整備され、杜の都仙台のシンボルの1つとなっています。イタリアの著名な彫刻家の作品が緑地に3体設置され、散策することがでます。四季を通じ、定禅寺通ストリートジャズフェスティバルや光のページェントなど仙台を代表するイベントが開催されています。 [続き・地図]