西川緑道公園(岡山県岡山市)

西川緑道岡山市中心市街地に位置する西川緑道公園は、昭和49年(1974)より、農業用水である西川用水の両側市道を一部縮小して整備された。用水を暗渠化しての道路整備を求める動きもある中での決断であった。以後、一貫して地域の人々に愛されつつも、時を経てさらなる魅力向上を求める機運が高まり、平成20年(2008)岡山市は一部区間で再整備に着手した。園路の拡幅・新設、植栽の見直し、車道幅縮小など、緑道公園と市道との一体的整備が行われ、 [続き・地図]

鶴山公園(津山城跡)(岡山県津山市)

鶴山公園津山城は、17世紀初め、岡山県北部の津山盆地中央部に築城された平山城である。明治初期、廃藩置県、廃城令を経て、全ての建物が壊され、城跡は一時荒れ放題となる。しかし、明治23年(1890)の石垣の大規模崩落をきっかけに保存運動が起き、同33年(1900)の鶴山(かくざん)公園の設置につながった。「扇の勾配」と呼ばれる美しい石垣が保存されており、春には約1,000本の桜がその石垣に映え、立体的で迫力のある美しさを見せる。県内で唯一「日本のさくら名所100選」に選ばれた、西日本有数の桜の名所でもある。 [続き・地図]

東西用水の南配水樋門(岡山県倉敷市)

南配水樋門岡山県三大河川の一つ高梁川は、農業用水の重要な供給源である一方、かつて度重なる洪水被害をもたらしていた。また渇水時には水争いが絶えなかった。このような背景から明治43年(1910)から大正14年(1925)にかけて大規模な河川改修工事が実施され、渇水時の水争いの解消と農業用水の適切な分配を目的とした取水樋門、配水池、配水樋門などが作られた。南配水樋門は、このうちの一つであり、現在も活用されている国内最大級の樋門である。 [続き・地図]

戦争遺構とウサギの島(広島県竹原市)

ウサギの島瀬戸内海西部、芸予諸島を構成する大久野島は、数奇な歴史をもつ。古くから内海航路の要衝であったこの島には、日清戦争後に内海防衛のため芸予要塞(砲台)が建設され、さらに要塞廃止直後には陸軍の造兵廠火工敞忠海兵器製造所が建設着手され、昭和4年(1929)から20年(1945)まで、ここで毒ガス製造が続けられた。昭和25年(1950)に島全域が瀬戸内海国立公園の第2次指定対象地となり、昭和38年(1963)には「国民休暇村」として整備されるようになった。 [続き・地図]

磨崖和霊石地蔵と港の景観(広島県三原市)

磨崖和霊石地蔵と港の景観瀬戸内海西部、芸予諸島を構成する島のひとつ、佐木島南部の向田野浦に広がる信仰と生活の景観である。穏やかな入江に面した浦の波打ち際に、高さ約2.7m、幅約約4.7m、厚さ約4mの巨大な花崗岩があり、その西面に秀麗な地蔵菩薩坐像が彫られている。満潮になると肩まで海に沈み、干潮になると全身が現れる。鎌倉時代後期、三原地方西部に勢力を張った在地領主を願主として、瀬戸内に数多くの優れた石造物を残した仏師・念心が生み出した [続き・地図]